江口裕司 – TRIGGER

江口裕司

彼はフリーのデザイナーだ。名刺作成やWEBデザインなどの仕事をこなす一方で、
更なるスキルアップを目指す。彼は今を生きていた。
やりたいことをやりたいと言えた時、彼の人生は変わり始めた。

誰よりも楽しむ

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フリーのデザイナー

彼は23歳のフリーのデザイナーだ。

現在は、名刺作成などのデザイン関連の仕事を
引き受けながら、専門会社への就職を目指す。

名刺作成では、彼自身の感性で作らせてくれる場合も多い。
その際には自身の世界観を最大限に表現する。

規模としては小さな仕事かもしれない。
それでも、自分の世界観が少しでも多くの人に届くよう、
いつでも真剣に向き合っている。

いずれは、自分の絵が多くの人に認められ、
イラストレーターとして独立して生きていく。

それが彼の夢だ。

実は、彼にはもう一つの肩書きがある。

それは、有名理系大学院の学生。
現在は休学中であり、今夏には退学を予定している。

専攻していたのは建築デザイン。
大学時代には街路空間の照明研究などを学んでいた。

建築デザインの道を歩み続けていれば、
安定した就職先や収入を得ることができていただろう。

しかし、彼はフリーのデザイナーを選択した。

フリーで生きていける人はごくわずか。
そんなことは知っている。

でも、彼は決心をしたのだ。

やりたいことをやりたい。
自分は絵を描き続けていきたい。

彼の毎日は充実している。

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将来のために

安定した進路を断ち、彼はフリーのデザイナーに
なることを決心した。

「自分の世界観を伝えていきたい」
そう語る彼の瞳からは強い意志を感じる。

なぜ、彼はフリーのデザイナーになることを決めたのか。

そこには、自分を押さえつけてきた過去がある。

幼い頃から絵を描くことが大好きだった。
アニメのキャラクターや鳥や花、風景画など
時間があれば常に鉛筆を動かし続けていたという。

絵が褒められれば嬉しい。
でも、それ以上に絵を描くことが楽しかった。
唯一、熱中できるものだった。

そんな彼が高校3年の時に迎えた進路決定。

絵を描き続けていきたい。

その想いで、担任に専門学校への進学を伝えると、
予想外の返答があったという。

「将来のために、大学へ入りなさい」

不思議だった。
自分にはやりたいこともあるし、行きたい専門学校もある。

それなのに、その担任の”将来のために”という言葉は、
妙な重みを持ち、逆らうことができなかった。

結局その進言に従い、大学入学を決意する。
しかし、この決定が後に彼を後悔に導くことになる。

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デザインとイラスト

大学の専攻は建築デザイン。
照明や景観、空間デザインなどを総合的に学ぶ学科だったという。

入学した時から、彼はこの学科にピンとこなかった。
デザイナーとイラストレーターの違いに気づいたからだ。

建築デザインは、その名の通りデザインの部類になる。
デザインには目的があり、根拠があり、プレゼンが求められる。

しかし、彼がやりたかったことは、イラストレーターだった。
自分の世界観を伝えていく。求められるのはセンスや感覚。

デザイナーにも共通する部分があるが、
理論や根拠などではなく、直感的に受け入れられるか否か。
そんな世界で生きていきたいと思っていたのだ。

そのことが、彼には大きな問題だった。

なぜ、このデザインにしたのですか?
どうしてここにこの照明を置くのですか?

そんな繰り返しに反吐が出そうだった。

建築デザインを学んだ先に何があるのか。
そんな疑問は毎日のように襲ってきた。

それでも、彼が大学に通い続けたのは、
あの日の担任の言葉が頭に常に残っていたからだ。

”将来のために・・・”

しかし、やりたくないことをやり続ける日々は
彼の精神を徐々に蝕んでいく。

そして、大学4年のある日のことだった。
彼は重大な精神病を患うことになる。

対人恐怖症。

それが彼に診断された病名だった。

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対人恐怖症

きっかけは、卒業研究だった。
通常、一人の担当教授が、彼には2名ついた。

街路空間の照明研究というテーマのため、
照明と景観の教授が必要だった。

そのことが彼を苦しめた。

それぞれの教授の指示が大きく異なるのだ。
それぞれの分野の意見が生まれるのは至極当然のこと。

真面目な彼は、両者の意見を取り入れようと必死にやった。

書き直しを繰り返す日々。
気づけば、周りの生徒よりも明らかに遅れていた。

あいつ、遅れてるな。かわいそう。

そんな言葉を直接聞いたわけではない。
でも、周りからはそんな哀れみの視線を受けていると感じた。

やがて、彼の精神はその環境に耐えきれなくなる。

周りの目が異様に怖く、寝るときには幻聴が聞こえる。
自分が哀れだと思い込み、朝起きても体が一つも動かない。

心療内科で診断されたのが、”対人恐怖症”という病名だった。

薬を飲むことでしか落ち着くことができない。
人と話すこともできない。

大学はなんとか卒業できたが、建築デザインを
学び続ける気持ちは僅かなものになってしまった。

それだけではなく、生き方がわからなかった。

人と話せない自分が将来をどう生きればいいのだろう。

辛くて辛くて辛すぎた。

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「絵を描き続けていきたい!」

人と話すことができない。
精神安定剤を飲み続ける日々。

しかし、そこから彼は大きく変わることになる。

自分のやりたいことに素直になる。
そのことが全ての始まりだった。

きっかけは、親との喧嘩だったという。
彼を見兼ねた両親がある日彼を問い詰めた。

”将来どうするんだ?”

うるさいな、と思った。
そんなことは言われなくてもわかっている。
どうしたらいいのかなんて、自分でもわからないんだ。

そして、親の次の言葉だった。
”お前は何をやりたいんだ?”

彼は思わず叫んでいた。

「絵を描き続けていきたいんだよ!」

その言葉は頭を通らず、反射的に飛び出た本心。
心の箍が外れ、本心が溢れ出た。

自分はイラストレーターの専門学校に行きたかったこと。
建築デザインは本当に学びたいものではなかったこと。
人と話すことが怖くて、今はどうしたらいいのかわからないこと。

そして、もう一度彼は告げた。

「自分は絵を描き続けていきたい」

辛すぎる日々。
でも、こんな辛いことがどうせ続くなら、
自分はやりたいことをやって追い込まれた方がいい。

自分は絵を描く。
やりたいことで生きていく。

言葉に出すことで、それは彼の決心となる。
心が淀みなく動きだす。

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誰よりも楽しむ

自分のやりたいことで生きていく。
そう決めた時から、彼の日常は変わり始めた。

人と話すのが怖かったのに、
彼は敢えてたくさんの人と会うようになるのだ。

好きなことで生きていく。
そのためには、対人恐怖症の克服が必要だと思った。

彼は勇気を持って踏み出した。

SNSなどで会う人は探した。
最初はやはりうまく話すことができなかった。

それでも、たくさんの人と出会い、話をするうちに、
自分がいかに小さな世界で生きていたのだろうと感じた。

世の中にはたくさんの人がいた。

怪しいビジネスの話も面白そうな起業の話もあった。
自分以上に重い病気を抱えた人もいた。

その全てが新鮮だった。

彼は自分のことも少しずつ話せるようになっていく。
自分の過去もやりたいことも話せるようになっていく。

そうすると、不思議なことに自分に名刺作成を
依頼してくれる人と出会うことができたという。

それは一人に留まらず、
一人、また一人と増えていく。

気づけば、対人恐怖症など遠い過去のものとなり、
毎日が楽しいと思えるようになっていた。

やりたいことをやりたい。
自分は絵を描き続けていきたい。

彼は今、自分だけの人生を時間を空間を、
誰よりも楽しみたいと心から思うことができている。

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この記事を書いた人

宮本 伸男
宮本 伸男ライターであり総監督でもある
人狼が大好きです。
ゲームマスターならお任せください。

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