藤富大友 – TRIGGER

藤富大友

本業は建築物届出の作成支援。図面を読んでアドバイスをする技術職だ。
淡々と話すその口調。感情の変化が表に出ないポーカーフェイス。彼の魅力はそこにある。

平常心

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撮影という世界

彼の本業以外の時間は、その殆どをあることに費やしていた。

それは動画サイトの運営。
コンセプトは”会員限定”。

動画アップも閲覧も、もちろん会員だけが可能。
会員専用の情報発信、情報収集、交流ツールだ。

会員限定動画サイトをオープンしたのは、半年ほど前。

繰り返しの改修で現在は、形になりつつあり、
今では掲載動画数の向上を目指す段階までこぎつけている。

では、なぜ、彼はこの動画サイトを運営しているのか。

それは、この動画サイトの作成を通じて、
彼は動画の面白味に気づいてしまったからだ。

それも”撮影”という奥深い世界。

上を目指せば、果てしない探究の日々。

だから、彼は動画撮影の世界に飲み込まれていったのだ。

それは彼の探究心を満たすのに充分すぎるステージだった。

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追求したい

彼がやりたいこと。
動画撮影技術の追求。

むしろ、彼にとって大事なことは、
撮影技術よりも”追求する”ということだ。

撮影を始めたきっかけは、動画サイトを盛り上げる為に、
自身でも動画を撮影し、アップしはじめたことだった。

その撮影作業の中で、
彼の中でフツフツとある感情が沸き起こる。

なぜ?
この疑問だった。

作成した動画に対して、周りは良いも悪いも感想をくれた。

しかし、彼にとってはそんなことよりも
もっと大事なことことがあった。

なぜ?
その疑問である。

同じカメラ、同じ設定。
それでも、なぜかプロのカメラマンが撮影するものと、
自身が撮影するものとでは差が出てくる。

照明加減で変わるのか、角度で変わるのか、
被写体との心の距離で変わるのか・・・
その原因を考えてみれば止めどない。

彼はその差を埋めたいと考えた。
周りから褒められる為にやっているわけではない。

自分の追求心を満たすため。

彼にとっての動画撮影は
それが一番大事なことなのだ。

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はまるということ

だからこそ、動画撮影技術は、
彼の追求心を満たす手段の一つなのかもしれない。

追求心が原動力。
それは、彼の幼い頃からの性質だ。

実は動画撮影の前には彼はあることにはまっていた。

それは、和太鼓。

同級生に連れられて始めたことがきっかけで、
小学6年生から20歳までやり続けていたという。

そこでも、彼の原動力は演奏後の観客の拍手ではなかった。

かっこいい叩き方をしたい。
かっこいい曲をやりたい。

自分の理想と現在の差を埋める。
”追求”するということ。

それだけが彼の心を最も熱くする原動力なのだ。

動画撮影技術は、偶然にも出会った彼の追求心を
満たす一つのステージに過ぎない。

終わりなき技術追求の日々。
本当に完成することなどないだろう。

だからこそ、目指し続けることができる。
その追求自体が彼にとっての生きる指標なのだ。

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平常心

彼には大事にしている考えがある。
自身の追求心の大元になる考えだ。

それは、平常心。

”人の言うことはあてにならない。
必要なのは客観的な視点だ”

彼の言葉は一見、相反する言葉のように思えるが、
実はそうではない。

伝えることは難しい。
相手に本当に伝わっているかなんて誰がわかるのか。

彼は動画撮影を通じてそう思ったという。

周りの評価に合わせて動画作成をしていけば、
対外的には良いものが作れるかもしれない。

けど、自分を見失っていく。
次第に息詰まっていく。

人の”面白い”という感想は大事。

けど、何が面白かったのか、どこがどう面白いのか。
その客観的な面白さを知りたいのだ。

人の意見に一喜一憂せず、平常心で物事の本質を見る。

そして、平常心とは自分を知ることだと彼は考える。
自分を探すことが平常心を保つということ。

それが、彼の強み。
そして、彼にしか作れない動画が完成するのだ。

彼が、本当に追求しているものは、
自分自身の平常心なのかもしれない。

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自分を探せば

最後に彼はこう語った。

「一気一憂の愚かさ。常に平常心。
そして、平常心を保つためには自分を持っていないといけない。

平常心を追求していくと、自分を知ることにつながる。
自分がどういうときに乱れるのか、乱れないのか。

自分を探せば平常心を保てる。
俺はそう思ってるよ」

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この記事を書いた人

宮本 伸男
宮本 伸男ライターであり総監督でもある
人狼が大好きです。
ゲームマスターならお任せください。

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