増木啓介 – TRIGGER

増木啓介

本業は、電話線などをオフィスに接続する通信工。関東圏を依頼があれば飛び回る。
しかし、彼にはもう一つの世界がある。それは演劇の世界。彼の夢は純粋な想いが原点だった。

HB × 夢

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ハミングバード

ハミングバードプロジェクト。
通称:HB

それは彼の夢を実現させる演劇プロジェクトだ。

プロも素人もみんな演劇に触れてもらいたい。
それが彼のこのプロジェクトに対する想いの一つだ。

このプロジェクトの参加者は、実際に演劇に参加し、
俳優・女優経験をすることができる。

コミュニケーションとは何か、
どうやったら相手に伝わるだろうか。

演じ方を考える過程で、価値観や考え方を広げ、
自身のまた違う顔や個性を発見することができるというのが彼の考えだ。

そして、演劇で学ぶスキルは社会でのコミュニケーションでも役立ち、
それこそが今後の演劇界に繋がると信じている。

しかし、彼がこのプロジェクトに注力するのには、
そんな概要だけでは語り尽くせない深い理由がある。

”自分を救ってくれた大切な人とまた一緒に演劇をやりたい”

彼はその一心で自分を奮い立たせている。

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心に静かな闇が生まれた

彼が演劇の世界にのめり込んだのには、
ある人物の影響がとても大きかった。

その人物は彼の辛く悲しい人生に演劇という光をもたらした。

中学二年生の時だった。
彼の母親は大腸ガンで亡くなった。

少し前から母親がお腹を抱えて寝ていたことを知っていた。
明らかにおかしいと思い、尋ねてみても、母親は「大丈夫」としか言わなかった。

それが痩せ我慢だったことは病院に運ばれた後に知ったことだ。

もっと早く自分が救急車を呼んでいれば。
彼は今でもそのことを悔やんでいるという。

母親が亡くなって、生じたのは家庭の歪みだった。

夕食の家族団らんの時間。

母親の生前は和気あいあいとした時間も
30分間の無言の空間を過ごすだけ。

楽しい会話は瞬く間に過去のものとなり、
彼はこの時から対人との空白の時間が恐くなった。

そして、さらに苦しめたのは長男としての重圧だった。

彼には6歳下の弟がいた。
母親の死によって、心配されたのはその弟ばかり。

長男のあなたは悲しんではダメ。しっかりしなさい。
周りからはそんな言い方をされた。

母親を亡くしたのは自分だって同じだ。
本当は自分だって苦しくて、泣き叫びたかった。

誰も自分の気持ちなどわかってくれない。

周りに気丈に振る舞う反面で、
彼の心の中には静かな闇が生まれていった。

人との触れ合いを拒絶した。
周りの幸せが疎ましく、全てを恨んでいた。

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演劇という名の光

しかし、彼にとって運命を変える出会いが訪れる。

高校三年生の春だった。

彼に光を与えたのは演劇部の部長、田町だった。

彼は元陸上部で、足を怪我で壊してから
演劇の世界に入り込んだ少し変わった人間だった。

田町は、脚本家であり、演出家。
作品を初めて見たときに衝撃を受けたという。

観客の誰もが共感出来るストーリーや心理描写。
自然と笑みが溢れ、場内には歓声が湧く。

気づけば自分も笑みをこぼしていた。

あれだけ心を閉ざしていたのに。
笑顔なんて忘れていたのに。

それほどまでに、田町の作り上げた劇は最高に面白かった。

そして、彼はそれがきっかけで演劇に魅了されていく。

田町の誘いもあり、演劇部に入部して始めた役者。

演技というものを考えれば考えるほど、
楽しくてしょうがなかった。

あれだけ人との触れ合いを拒絶していた自分が
役を演じることで人の笑顔を作り出している。

そこまで自分が心を開けたのは、全てを笑顔にさせることができる
田町の不思議な脚本のおかげだった。

演劇にのめり込み、田町との信頼関係を築けば築くほど、
塞ぎ込んだ心の中に光が差し込んだ。

田町の脚本をこれからも自分は演じていきたい。
自分にとっての輝きは田町の脚本を演じることだった。

役者でプロになろう。
だから、彼はそう決意した。

田町と作り上げる演劇の光を信じていた。

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親友の引退

しかし、その後、待ち受けていたのは残酷な現実だった。

田町が演劇の世界から身を引くことを決意したのだ。

田町は結婚をして、そして子供が生まれた。
演劇では飯を食っていけない。
下積みが長い演劇の世界では、よくある話だった。

しかし、まさかそれが田町に訪れることになるとは。
彼にとってそれは衝撃以外のなにものでもなかった。

もちろん、演劇よりも家庭を選択したのは田町自身であり、
それもまた一つの人生であることは良くわかっていた。

しかし、頭と心は相反していた。

どうして?
なんで田町が辞めなくちゃいけないの?

高校時代から田町の才能を目の当たりにしてきた彼にとって、
その疑問は尽きることはなかった。

何度も何度も説得を試みた。
それでも田町は首を縦に振ることはなかった。

田町は口では演劇を諦めたようなことをいう。
しかし、目を見れば本当は演劇を続けたいことは自然とわかった。

どんなに才能があっても、演劇の脚本・演出だけでは、
家族を支えるだけの収入を得ることができない。

田町の演劇引退は演劇界の残酷さを身をもって感じた瞬間だった。

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HB × 夢

田町とまた演劇をやるためにはどうしたらいいのか。

田町が辞めたことで次第に膨らみ始めた想い。
それは自分のエゴだということはわかっていた。

でも、田町の才能を家庭の事情で眠らせたくない。

田町が演劇をできる環境を作りたい。
プロにならなくても演劇ができる環境を作りたい。

彼は考えに考えた。

世の中にはたくさんのカルチャースクールがあるけど、
もっと身近に演劇が出来る場所があってもいいはずだ。

演劇でのコミュニケーションスキルや経験は、社会で必ず役立つ。
だからこそ、演劇を身近に感じてもらい、そのスキルを学ぶ場所を作ればいい。

演劇に興味を抱く人間が増えれば、実際の演劇にも足を運んでくれるかもしれない。
それは演劇界全体の活性化にも繋がる。

そして、もし自分が収入を生み出すことができれば・・・。

そうすれば、田町を外部講師として招くことができる。
彼と一緒に演劇ができるかもしれない。

何年かかってもいい。
プロにならなくても演劇ができる環境を作る。

田町と演劇ができる環境を作り上げる。

それこそが、ハミングバードプロジェクトなのだ。

彼にとってこのプロジェクトは彼の夢。

しかし、夢で終わらせる気は全くない。
今度は自分が田町に作り出す。

演劇という名の光を。

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この記事を書いた人

宮本 伸男
宮本 伸男ライターであり総監督でもある
人狼が大好きです。
ゲームマスターならお任せください。

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